スペシャル

伊之助と鯉のぼり

「――それ、なんですかぁ?」

 蝶屋敷の一室で、きよ、すみ、なほの三人は、伊之助の手元にある半紙に気づくと、わらわらと集まってきた。そして、中をのぞきこんだ途端、こぞって悲鳴をあげた。
「何ですか、これ? 人面魚ですかぁ?」
 怖すぎますぅ、呪われそうですぅ、と泣きながら訴える三人に、伊之助が胸を張る。
「知らねえのか、チビども。これは“こいのぼり”って言うんだぜ?」
なんでも、鯉のぼりを見たことのない彼の為に、炭治郎と善逸が描いてくれたそうだ。
それだけ聞けば、大層、心温まる話なのだが……。
炭治郎作の鯉のぼりは二本の腕と人間のような鼻が生えているし、善逸のものに至っては、最早、原型をとどめていないほどおどろおどろしい。
わざとだろうかとすら思えるひどさだが、善逸はともかく、あの炭治郎である。そんなことをするはずがない。おそらくは、ただ単純に絵が下手なのだろう。でも、これでは――。
「あのぅ……伊之助さん。鯉のぼりが何かわかってらっしゃいますか?」
「妖怪だろ」
 すみの問いにきっぱりと伊之助が答える。やはりそうかと天を仰いだ少女たちは、おずおずと口を開いた……。



「ありがとう。いいお湯だったよ」
「ねえ。なんか、伊之助のバカが『お前らに本物を持って来てやる! 俺は親分だからな!!』とかわけのわかんないこと言って走ってったけど、アレ、何? 何のこと?」

 湯を浴び、部屋に戻ってきた炭治郎と善逸に尋ねられ、三人はこぞって眉尻を下げた。
「実は――」と、きよが代表して先程のことを話す。「私たち、鯉のぼりの由来についてお話したんです。そしたら、伊之助さん、飛び出して行ってしまって……」
「え? じゃあ、伊之助は俺たちが本物の鯉のぼりを見たことがないと思って、取りに行ったってこと?」
「盗りに行ったんだろ」
 炭治郎のつぶやきを律儀に訂正した善逸が「あのバカ」と頭を抱える。
「すぐに追いかけて止めよう」
「えー!? 折角、暗くなってきたし、禰豆子ちゃんの顔を見ようと思ったのにさあ」
「行くぞ、善逸」
 炭治郎に急かされ善逸がしぶしぶ従う。そんな二人の背中を、三人は当初、オロオロと見送ったが、やがて、誰ともなく笑いだした。

「仲良しだね」
「うん」
「三人が帰ってきたら飲めるように、お茶を淹れておこうか」
「お茶うけ、何にする?」
「お饅頭は?」
「前に善逸さんが盗んで、アオイさんにすごい叱られてたよね」

 怪我を負った隊士たちを癒す蝶屋敷の廊下に、明るい笑いが満ちる――。

 そして、仲良し三人娘は、なんだかんだ言いながらも仲の良い三人組の為に、いそいそとお湯を沸かし始めた。
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矢島 綾
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